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なぜ選挙は「顔」で選ばれるのか

― 知名度が勝つ構造の正体 ―

「なんとなく見たことがある名前」に票が集まる。それは有権者が浅いからではありません。判断材料が見えにくく、候補者の違いを比較しにくい構造があるからです。顔と名前が勝つ選挙を、有権者の意識の問題ではなく、情報設計の問題として考えます。

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人は、知らないものを選べない

人は、知らないものを選ぶことができません。候補者の政策を深く知る時間がないとき、最後に頼るのは、聞いたことがある名前、見たことがある顔、どこかで目にした政党名です。

これは人間として自然な反応です。限られた時間の中で判断しなければならない以上、記憶に残っているものを手がかりにするのは当然です。

問題は、有権者が顔で選ぶことではなく、顔しか残らない情報設計になっていることです。

ポスターが“記憶装置”になっている

現在の選挙ポスターは、名前を覚えさせる装置としてはよくできています。大きな顔、大きな名前、強い色、短い言葉。広告として考えれば、確かに記憶に残りやすい形です。

しかし、選挙は商品の購入ではありません。候補者を選ぶには、何を実現したいのか、何を優先するのか、どの課題に向き合うのかが必要です。

記憶には残るが、判断には使えない。ここに現在のポスターの限界があります。

投票所では、比較はさらに難しくなる

投票所に行くと、基本的には候補者名を書くことになります。そこには、候補者の主張も、優先政策も、掲げる未来も表示されません。

つまり、投票所に着いた時点で比較を始めるのでは遅いのです。比較はその前に終わっていなければなりません。だからこそ、街中の掲示板に意味があります。

掲示板の段階で中身が見えなければ、有権者は最後まで名前の記憶に頼ることになります。

「有権者の意識が低い」で終わらせてはいけない

選挙のたびに「有権者が政策を見ていない」と言われます。しかし、政策を見やすい形で並べているでしょうか。比較できる場所を用意しているでしょうか。

ホームページはあります。SNSもあります。政見放送もあります。けれども、それらは有権者が自分から探しに行く必要があります。忙しい人にとって、その負担は小さくありません。

必要なのは、有権者を責めることではなく、比較しやすい入口を作ることです。

顔で選ばれる構造は、変えられる

顔や知名度で選ばれる構造は、偶然ではありません。情報が少なく、比較しにくく、記憶に頼らざるを得ない設計になっているから起きています。

ならば、設計を変えればよい。ポスターの中に、政策、改善策、目指す未来を大きく入れる。候補者の違いが見えるようにする。それだけでも、選挙の質は変わります。

顔を消す必要はありません。ただし、顔だけの選挙からは卒業するべきです。