テーマ連動コラム

「褒めて伸ばす」と「甘やかす」を混同していませんか?

子どもを傷つけないことと、子どもを育てることは、同じではない

褒めることの価値を認めたうえで、「認める」と「放任」の違いを整理し、育てるために必要な厳しさを考えます。

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褒めることは大切だが、それだけでは足りない

「褒めて伸ばす」という考え方そのものは、とても大切です。努力を認めること、挑戦を受け止めること、できたことを言葉にして返すことは、子どもの自己肯定感を支えます。

しかし、褒めることだけが教育になるわけではありません。行動が逸れたとき、他人を傷つけたとき、努力の方向がずれているときには、大人が正す必要があります。認めることと、正すこと。その両方があって、子どもは社会の中で動ける力を身につけます。

褒める教育は、注意しない教育ではありません。

甘やかしは、やさしさに見える

甘やかしが難しいのは、それが一見やさしさに見えることです。叱らない。傷つけない。不快な思いをさせない。子どもにとっても大人にとっても、その場は穏やかに見えます。

けれど、必要な注意まで避けてしまえば、子どもは自分の行動を修正する機会を失います。失敗したときにどう立て直すか、我慢が必要な場面でどう自分を整えるか、他人との境界線をどう守るか。そうした経験は、心地よい言葉だけでは育ちません。

今の不快を避けさせることが、将来の苦しさを大きくすることもあります。

指導までハラスメント化しない

もちろん、厳しい言葉を乱暴に使うことは問題です。人格を否定したり、恐怖で従わせたりすることは、教育ではありません。

一方で、必要な注意や修正まで過度に避けるなら、大人は子どもに何も伝えられなくなります。何でもハラスメントとして扱えば、子どもは正される経験を持たないまま大きくなります。それは本人にとっても、社会にとっても望ましいことではありません。

心地よさ以外の感情も、教育には必要

悔しさ、恥ずかしさ、我慢、思い通りにならなさ。こうした感情は、できれば避けたいものです。しかし、人生の中で完全に避けることはできません。

小さな摩擦を通じて自分を整える経験があるからこそ、人は大きな挫折にも折れにくくなります。褒めることは前へ進む力を与えますが、正されることは道から外れすぎない力を育てます。

本当に必要なのは、褒めるか厳しくするかの二択ではなく、認めるべき時に認め、正すべき時に正す大人の姿勢です。

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