褒めることは大切だが、それだけでは足りない
「褒めて伸ばす」という考え方そのものは、とても大切です。努力を認めること、挑戦を受け止めること、できたことを言葉にして返すことは、子どもの自己肯定感を支えます。
しかし、褒めることだけが教育になるわけではありません。行動が逸れたとき、他人を傷つけたとき、努力の方向がずれているときには、大人が正す必要があります。認めることと、正すこと。その両方があって、子どもは社会の中で動ける力を身につけます。
甘やかしは、やさしさに見える
甘やかしが難しいのは、それが一見やさしさに見えることです。叱らない。傷つけない。不快な思いをさせない。子どもにとっても大人にとっても、その場は穏やかに見えます。
けれど、必要な注意まで避けてしまえば、子どもは自分の行動を修正する機会を失います。失敗したときにどう立て直すか、我慢が必要な場面でどう自分を整えるか、他人との境界線をどう守るか。そうした経験は、心地よい言葉だけでは育ちません。
指導までハラスメント化しない
もちろん、厳しい言葉を乱暴に使うことは問題です。人格を否定したり、恐怖で従わせたりすることは、教育ではありません。
一方で、必要な注意や修正まで過度に避けるなら、大人は子どもに何も伝えられなくなります。何でもハラスメントとして扱えば、子どもは正される経験を持たないまま大きくなります。それは本人にとっても、社会にとっても望ましいことではありません。
心地よさ以外の感情も、教育には必要
悔しさ、恥ずかしさ、我慢、思い通りにならなさ。こうした感情は、できれば避けたいものです。しかし、人生の中で完全に避けることはできません。
小さな摩擦を通じて自分を整える経験があるからこそ、人は大きな挫折にも折れにくくなります。褒めることは前へ進む力を与えますが、正されることは道から外れすぎない力を育てます。